2016-02-07

はいじ


最近はこんなかっこうの日々。

15年前にアメリカで買ったポンチョ。

6〜7年はかぶっている鳥打ちっぽい帽子。

釜石の農家の父さんから一言。

「おめさ(お前さん)、ハイジみてだな。」

……かなりうれしい。

 

 

 




2016-01-31

まもなく絵本が

絵は、壁画を描いたタイ在住の阿部恭子さん。とってもパワフル・カラフルな絵

釜石に、「こすもす公園」という公園があります。

震災後、それまであった公園に仮設住宅が建てられ、

子どもたちの遊び場がなくなってしまったことを危惧した

ご夫婦と、その仲間たちがつくった手づくり公園です。

そしてその後、公園の前に建っている工場の暗い灰色の壁を、

たくさんの人の力で明るい絵に塗り替え、

高さ8m×幅43mの大壁画にしてしまったという、

すごい(すばらしい)事実。

昨年からこの公園をずっとお手伝いしていましたが

ようやくそのお話の絵本が完成しました。

『あしたがすき 

 〜釜石の「こすもす公園」ときぼうのへき画ものがたり〜』

書店に並ぶのは、2月6〜7日ごろから。

すてきな大人たちの奮闘、ぜひみてください!

あ、ポプラ社刊、でした。




2016-01-30

Gパンが立つ


物干からGパンを取り込もうとすると、

ミシミシ、しんなり。

まるで「のしイカ」のようでありました。

寒さきびしい東北の冬。

初めての体験がいっぱいで、毎日、目がまん丸。

それにしても、雪山と空が美しい。




2016-01-25

雪の釜石


釜石での生活も、5ヶ月が過ぎました。

そうなんです、実は今、釜石の山側で暮らしています。

夏は涼しくてラッキーと思っていましたが、

冬の肌を刺すような寒さには、絶句…。

「ホントの寒さはこれからだよ」

ギョッ。果たして耐えられるか心配ですが、

今日も「エイやっ!」とばかりに雪かきを。

体ポカポカ、頭もすっきり。

寒さ対策は「雪かき」か…がんばっぺし。

 




2016-01-22

ひとあし早くおひなさまat 釜石


絵付けびな、

2月中に、釜石のこすもす公園で

体験教室を考えています。

 

 

 

かわいいでしょ?




2015-08-06

新聞記事に載りました

宇根さんは小さな体で滝ノ水に打たれ、身を清めてから原爆献水用の水をくんでいた

実は、6月に共同通信さんの取材を受け、

以前に書いた絵本『ヒロシマのいのちの水』

のことをお話した記事が、新聞に載りました。

(記者の方がまとめてくれました)

おはずかしいですが…。

宇根さんを、思い出しています。

下の写真は、わたしの大好きな写真。

自分でも、世紀のワンショット…

くらいに誇りに思っている。




2015-08-06

8.6.の朝 ヒロシマ


朝7時すぎの、平和資料館前。

原爆が落とされてから70年という節目、

また各国の要人もたくさん来ることもあってか、

あふれんばかりの人。

宇根利枝さんの「原爆献水」を引き継いでいる

谷君が、今日未明に己斐の滝へ行き、

身を清めてから汲んできてくれた清水

(左から二番目のペットボトル)。

地道につづけてくれている活動に、感謝。

きっと、宇根さんも空の上から笑顔で

見守ってくれている…という実感。

つづけていくことのたいへんさはあるけれど、

それを影で支えていきたいと思っている。

 




2015-08-05

再び ヒロシマから

昨日家を出て、大阪に寄り、

今日午後にはヒロシマに。

 

明日の朝、どこで8:15を迎えるか…

平和公園の記念式典、とも思うけれど、

あの日から70年の今年、

わたしは心静かに祈りたい気がする。

広島城跡、もと大本営の司令室があった地下壕。

そのとなりにあるのは、比治山女子高等学校の

慰霊碑。

70年前、ここで大本営の通信の任務に

ついていた少女たちがいた。

被爆した一人一人、それぞれの被爆体験。

ヒロシマを訪れる人、子どもたちに、

一度はたずねてもらいたい場所だ。

 

 


2015-07-26

ヒロシマ 広島

7月21~23日まで、

広島取材に出かけていました。

梅雨明け宣言したはずなのに、大雨。

そんな中、チャリを飛ばして市内を走り回っていました。

 

今、ヒロシマの本を執筆中です。

去年秋から、広島、四国を行ったり来たりしています。

いろいろな方にお目にかかり、お話をうかがってきました。

取材を進めれば進めるほど、

「ヒロシマのこと、わたしこんなに知らなかったのか」

と自己嫌悪に陥る日々がつづきましたが、

今はなんとかその弱気から這い上がり、

まとめることに集中する日々です。

 

「原爆の絵」(実証画)に取り組む現役・高校生の女の子。

原爆投下時、大本営で通信の仕事に従事していた女性

(当時、高等女学校の生徒)。

平和資料館の学芸員の仕事、いろいろ、いろいろ。

お一人お一人の体験、思い、願い、

伺う度に身が引き締まる思いです。

 

果たして、わたしがそれをどこまで描ききれるか。

今できることを精一杯、真摯に取り組む……

今心に思っているのは、そのことだけ。

 

なんとか来年1月か2月には、仕上げたい。

もう一踏ん張り。

 


2015-07-16

すぐに忘れるから 

こんなことばを、

どうして言えるのだろう?

愚弄しているのは、ブルドーザーのように

力づくでごり押しする澄まし顔の人間たち

ではないだろうか。

 

わたしたちは、「わからない」と言って

考えることを放棄するのではなく、

知ろうとする努力を惜しんではならないと思う。

ときには立ち止まって。

 

わたしは、忘れない。

 


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