絵本完成『つなみてんでんこ はしれ、上へ!』
足掛け3年、実際には1年10ヶ月、待望の、東日本大震災時の釜石の子どもたちのことを描いた絵本ができました!
岩手県の同市に住むいとこ家族が被災したことから、足を運ぶようになった釜石。いろいろふしぎなご縁+どうしても本にしたい、という強い希望(半分執念)があって、釜石東中学校と鵜住居小学校の子どもたちとずっと交流しながら仕上げました。
釜石に入って間もない頃(震災から約2ヶ月後)は、物事を見る立場が「外から見る目(視点)」だったと自分でも思いますが、毎月のように通い、知り合いもたくさんできて、お仕事も手伝ったりするようになってからは(半分釜石人?)、視軸の角度がかなり変わったように自覚しています。そういうところが、絵本に出ていたらいいな……。これは、読者のみなさんのご判断ですけれど。
下の写真は色校時のゲラ。紆余曲折、いろんなことを乗り越えての本づくりだったので、今でもゲラも愛おしくて…。いつも仕事をするテーブルのそばにおいてあります。(仕事机は物で埋まってジャングルになっているため、いつもご飯を食べるテーブルで仕事をしてます。しかしそのテーブルの上も半ジャングル…整頓できない性格です、トホホ)
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タイトルですが、ずっと前、初期には「津波からいのちを守りきった子どもたち…」とか「東日本大震災 釜石の子どもたちの生きる力」など考えたときもありました。でもなんとも長くて説明っぽくて、しっくりこないなあ…と悶々。考えに考え、行き着いたのは「あの子たちはみんな、とにかく高いところ目指して走りに走って、いのちを守った。今回の震災(津波被害)は、とにかく上へ、走ってにげることがだいじだったんだ」とハタと気づき、このタイトルに。「これだ!」と確信してからは、もう迷いはなし。ただひたすら前進のみ。
差し込みの「てんでんこ新聞」は、ポプラ社の編集のMさんが、「こんなのつけたらいいかも!」とアイディアをくださいました。解説ページがとれなくてどうしようと悩んでいたので、niceアイディアに「了解!」と二つ返事。伊藤秀男先生の挿絵もダイナミック、かつ繊細・大迫力です…どうぞ、細かなところまでご覧ください。見る度に新しい発見がありますので。
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絵本では、いのちを守りきった子どもたち(光の部分)を描いていますが、現場・現地では、光の影につらくかなしいこともたくさんあります。その両方を描くことがだいじではないかと、わたしは考えています。今回、描ききらなかったさまざまなことを、またかならず別な形で表現していくつもりです。